食生活の見直し

乳製品のカルシウムと脳卒中予防

磯 博康 大阪大学大学院 医学系研究科
社会環境医学講座 公衆衛生学
教授 磯 博康

カルシウムと健康というと、どうしても骨粗鬆症予防など、骨の健康に目が向かいがちです。ところが、カルシウムの摂取は血圧を安定させる上でも非常に大切であることがわかっています。また最近の研究からは、カルシウム摂取が脳卒中予防にも効果がある可能性が示されてきました。その研究成果について、大阪大学大学院医学系研究科の磯博康教授に伺いました。


カルシウムの血圧低下作用に関する研究


■もともとカルシウムと脳卒中に関しては、これまでも世界中で何らかの研究が行われてきたのでしょうか。
 食品中のカルシウムと生活習慣病との関係についての研究は、1984年にまでさかのぼります。アメリカのマッカロン博士がカルシウム摂取と高血圧に関する論文を発表したのが、おそらく疫学的調査データとしては最初のものだと思います。その研究は、アメリカの国民健康栄養調査(NHANES)のデータをもとに解析したもので、カルシウムの摂取量が多い人は少ない人に比べて血圧値が低いという結果が報告されたのです。
 では日本ではどうだろうと、私たちは秋田や茨城、大阪などいくつかの地域でデータを集め、カルシウムの摂取量区分別に血圧値を比較したところ、やはりカルシウムの摂取量の多い人は少ない人に比べて最大血圧が低いという、マッカロン博士の報告と一致する結果が得られました。1991年にこれをアメリカの疫学雑誌“アメリカン・ジャーナル・オブ・エピデミオロジー”に発表したわけですが、それが日本国内での先行的な研究になると思います。

■もともと日本ではカルシウムの摂取量が少ないですね。
 そうです。日本人のカルシウムの摂取量は、国民栄養調査をみても常に低い状態が続いており、栄養所要量の9割程度しかありません。その一つの要因としては、日本の伝統的な食生活にはカルシウムを多く含む乳・乳製品を豊富に摂る文化がないことが挙げられます。乳・乳製品に含まれるカゼインなどのたんぱく質による影響で、乳・乳製品のカルシウムは小腸からの吸収率が40〜50%と高いのが特徴です。一方、野菜や小魚は10〜30%程度です。このようにカルシウムの吸収率がよい乳・乳製品を多く摂る文化がないため、カルシウムの摂取量が欧米に比べて少ない状況が日本では続いてきました。それが健康に何らかの影響を及ぼしているのではないかというのが私の研究テーマとしてあり、実際に調査してみると血圧値との関係が見られたというわけです。

■そこから脳卒中との関連を調べることにつながっていくのですね。
 はい。血圧の影響を非常に強く受ける生活習慣病は何かということになると、まず脳卒中が挙げられます。心筋梗塞の発症も高血圧による影響があるのですが、それより喫煙や脂質異常、糖尿病の影響が強いと言えます。そこで、私たちは脳卒中とカルシウム摂取の関係について調べてみようと考えました。12年前のことです。当時留学していたアメリカで、34〜59歳のアメリカ人女性看護師85,764人を14年間追跡した「ナース・ヘルス・スタディ」という研究のデータを解析し、乳製品のからのカルシウムの摂取量と脳卒中の関係を調べました。すると、乳製品からのカルシウム摂取量が最も多い群(中央値:844mg/日)は、最も少ない群(中央値:108mg/日)に比べ、脳梗塞の発症リスクが0.7倍と、脳梗塞に予防的に働くことがわかり、1999年にその研究報告を発表しました。



乳製品からのカルシウム摂取が脳卒中を予防する

■次に、日本人を対象とした研究結果を報告されたわけですね。
 アメリカのデータでは、乳製品のカルシウムが脳梗塞に予防的に働く??脳出血にもある程度の効果があったのですが、特に脳梗塞に効果があることがわかり、では日本人ではどうだろうかと調べたわけです。調べたのは、JACCスタディとJPHCスタディいう、二つの大規模コホート研究です。コホート研究とは、大勢の人たちを対象に長期にわたって行う追跡研究のことです。
 JACCスタディは、「The Japan Collaborative Cohort Study for Evaluation of Cancer Risk」の略で、全国45地区の住民を対象に現在も継続して行われている文部科学省の研究費による研究です。私たちは、研究が開始された1988〜1990年時点で40〜79歳だった男女53,387人を9.6年間追跡調査し、その結果を2006年に発表しました。
 食物摂取頻度調査票を使って栄養調査を行い、乳製品からのカルシウム摂取量で5分位に分け、摂取量が最も多い群と最も少ない群の相対危険度を求めました。その結果、男性では乳製品からのカルシウム摂取量最も多い群(中央値:150mg/日)では、最も少ない群(同0mg/日)に比べて、全脳卒中による死亡リスクが0.53倍(図1)、脳梗塞による死亡リスクも0.53倍でした。女性でも同様に、全脳卒中による死亡リスクは0.57倍、脳梗塞による死亡リスクは0.50倍と、死亡リスクの低下が見られました。
 一方、総カルシウム摂取量で見ると、男性では全脳卒中による死亡リスクが0.68倍、脳梗塞による死亡リスクは0.71倍、女性ではそれぞれ0.94倍と0.80倍であり、乳製品からのカルシウム摂取量に比べて関連が弱いという結果になりました。

[図1]乳製品からのカルシウム摂取量と脳卒中死亡リスク
[図1]乳製品からのカルシウム摂取量と脳卒中死亡リスク


■JPHCスタディも死亡率を調べたものですか。
 いえ、こちらは脳卒中の発症リスクを調べたものです。JPHCスタディは「Japan Public Health Center-based Cohort Study」の略で、全国11保健所管内の男女住民を対象とした、厚生労働省の研究費による研究です。私たちは1990〜93年の調査開始当時40〜59歳の男女41,526人を対象に13年間追跡踏査し、その結果を2008年に公表しました。
 栄養調査は食物摂取頻度調査票を用い、研究開始時とその5年後に実施しています。この研究でも、乳製品からのカルシウム摂取量で5分位に分けて、最も摂取量が多い群(中央値:116mg/日)と、最も少ない群(同0mg/日)の相対危険度を求めました。その結果、摂取量が最も多い群では、最も少ない群に比べて、全脳卒中の発症リスクは0.69倍(図2)、脳出血、脳梗塞のそれぞれの発症リスクは0.64倍、0.69倍でした。
 総カルシウム摂取量についても同様に相対危険度を求めたところ、最も摂取量が多い群(同753mg/日)では、最も少ない群(同233mg/日)に比べて全脳卒中の発症リスクが0.70倍、脳出血、脳梗塞はそれぞれ0.70倍、0.72倍となり、乳製品からのカルシウム摂取量に比べるとやや関連が弱い結果となりました。

[図2]乳製品からのカルシウム摂取量と脳卒中発症リスク
[図2]乳製品からのカルシウム摂取量と脳卒中発症リスク


血圧値低下作用と血小板凝集抑制作用が脳卒中の予防に働くと考えられる

■乳製品のカルシウムが脳卒中を防ぐのは、やはり血圧値を低下させる作用によるものでしょうか。
 そうです。まずカルシウム摂取量が多くなると血圧、特に最大血圧値が低下することが大きな原因だと考えられます。なぜ血圧が低下するのか、その理由もいくつか考えられますが、カルシウムの摂取によりナトリウムが腎臓から排泄されやすくなることが大きな要因と思われます。特に日本人の場合、ナトリウムの影響で血圧が上昇しやすい人がかなり多くいます。そのような場合は、カルシウムの摂取によりナトリウムが排泄されて、ナトリウムによる血圧上昇作用が相殺されるのだと考えられます。
 もう一つの原因としては、特に脳梗塞の予防効果に関してカルシウムによる血小板凝集抑制作用が関与していると思われます。血管をふさいでしまう血液の固まり(血栓)が作られるときは、まず血管の損傷部位に血小板が凝集し、小さなくずのような状態になります。それをフィブリンという繊維状のたんぱく質が蜘蛛の巣を張るように囲んでいきます。そこに赤血球や白血球が入り込み、サイトカインという生理活性物質を出して炎症を引き起こし、次第に血栓ができていくわけです。
 血小板凝集が起こるときは、血小板細胞内にカルシウムイオンが流れ込み、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇することが引き金になります。一見、カルシウムが多いことが問題のようですが、じつは逆なのです。カルシウム摂取量が不足すると、骨からカルシウムが溶け出して血中カルシウム濃度が上昇し、それが血小板内のカルシウム濃度の上昇につながることがわかっています(図3)。つまり、カルシウムの摂取が、血栓が形成される作用を最初のステップで抑制すると考えられるのです。

[図3]カルシウム(Ca)摂取不足と脳卒中
[図3]カルシウム(Ca)摂取不足と脳卒中

■乳製品の摂取はどれくらいが有効と考えられるのでしょうか。
 私たちの行った観察研究では、乳製品からのカルシウム摂取量が最も多い人で1日180〜200mg程度でした。これは牛乳なら1本(200ml)、ヨーグルトなら2カップ(180g)、スライスチーズなら2枚(30g)程度が該当します。これらの量は決して実現不可能なものではありません。食生活にちょっとヨーグルトを取り入れようとか、牛乳を使ったシチューのような料理を増やそうとすれば十分に摂取可能な量です。



食事の行動パターンと肥満との関連なども大きな研究テーマ

■その他に現在力を入れられている研究についてお教えください。
 個々の栄養成分や食品と生活習慣病との関係や、伝統的日本食パターンや野菜中心パターン、西洋食パターンといった食事パターンと生活習慣病との関係を見ることも大切ですが、そのような研究とは別に、食事の行動パターンと健康との関係について研究を始めています。例えば昨年度英国医学誌“ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル”に、早食いをしたり腹一杯食べたりするという行動が、そうではない場合に比べて肥満になりやすいという研究結果を発表しました。さらに、なぜそのような人たちは早食いをするのか、腹一杯食べるのかを検討していくと、精神的なストレスが大きな要因であったり、神経行動学的な体質といったものが絡んでいる可能性も示されてきました。つまり、あるDNA配列を持った人は早食いになったり、腹一杯食べないと満足できないようになると考えられるのです。現在、それらの研究も平行して進めています。

■肥満という問題も、様々な視点から研究されてきているのですね。
 肥満は先進国だけの問題と考えられてきましたが、中国やインドなどでも大きな問題となってきています。日本ではまだ他の諸国ほど深刻な事態ではありませんが、徐々に増えてきていることも事実です。そのようなことから、日本では、メタボリックシンドロームに焦点を当てた特定健康診査や特定保健指導が行われるようになりました。メタボリックシンドロームの人、つまり肥満して、なおかつ血圧や血中脂質、血糖値が高めといったリスク因子が集積している人を追跡調査してみると、脳卒中や心臓病になる危険性が健康な人の2倍にもなります。ところが、肥満していなくても同様のリスク集積している人は、やはり脳卒中や心臓病の危険性がほぼ2倍になるのです。日本では肥満者より非肥満者の方が多いわけですから、非肥満者のリスク集積者に対して何らかの対策を施す必要があります。しっかりとした科学的根拠を示し、実効性のある保健政策を提言するのも私たちの仕事です。


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