食生活の見直し

食育の現状と今後

武見 ゆかり 女子栄養大学食生態学研究室 教授 武見 ゆかり

農林水産省と厚生労働省による「食事バランスガイド」が発表されて4年が経過しました。メタボリックシンドロームが問題とされる中、食生活の見直しはさらに重要性を増しています。「フードガイド(仮称)検討会」委員の一人として「食事バランスガイド」作成に尽力された、女子栄養大学大学院 食生態学研究室の武見ゆかり先生に、食事バランスガイドの成果や課題も含め、食育をめぐる現状と今後の方向性などについてお聞きしました。


現在、日本で問題となっている「食」の歪みとは


■まず、先生が取り組まれている「食生態学」とはどのようなものかをお教えください。
 地域で生活する人々の多様な「食の営み」を構造的に明らかにすることを狙った、栄養学の新しい領域です。具体的には、人々がそれぞれの生活の質(Quality of Life)の向上につながるような望ましい食生活やライフスタイル、さらにはそれを実践しやすいような食環境(図1)について、階層的・構造的に明らかにし、その成果を現場の実践活動に生かすことを目標としています。

[図1]地域社会の食環境
[図1]地域社会の食環境

■ところで近年、日本人の食生活の乱れが問題になっていますね。
 メタボリックシンドロームや生活習慣病のベースとなる、栄養バランスなど質の低下が問題になっていますね。しかし、昔が全て良かったわけではなく、終戦直後は栄養的に不十分だったという側面もあります。日本人がこれだけ長寿になり、乳児死亡率も世界最低になって、子どもたちの体位も向上しているのですから、栄養面で良くなっている部分もあるわけです。ところがそれが別の様々な歪みを生み出しているのが今の「食」の問題で、その歪みを何とか是正していこうというのが現在の「食育」という発想です。

■様々な歪みというと、どのようなものがあるのでしょうか。
 身体的なもの以外にも、人間関係、つまり食卓を通してのコミュニケーションの問題もあるでしょうし、食文化の継承といった問題もあるでしょう。日本人がもともと大事にしてきた文化や地域の産物、旬の食材など、ある意味で日本食の特徴であったものが薄れてきています。薄れてきているといえば、食物に対する感謝の気持ちもそうですね。昔は食べ物が十分になかったから有り難かったわけです。食べられるだけで感謝の念がわいたでしょうし、ご馳走をつくってもらえれば格別嬉しく思ったでしょう。しかし今は欠乏感がないので、そのような感謝の気持ちが育ちにくいのです。では、再び過去の欠乏時代に戻りたいかといえば、誰もそのようなことは思いません。そのように、良くなったからこそ、また別の問題も生じてきているという側面があることを心に留めておくべきだと思います。

「食事バランスガイド」が目指したもの

■食生活の問題点を解消するためには、まず何が必要なのでしょうか。
 食生活自体は、非常に個人的な問題という面があります。ただし、そこでの「個人」は、一人だけの問題ではないことが多いのです。例えば、まず家族がありますね。子どもたちが朝食を食べていなかったり、食事のバランスが偏っているときに、幼い子であれば家族が変わらない限り子どもも変わりようがありません。また、中高生になれば今度は友達の影響を受けるようになってきますし、働くようになれば職場や仕事の状況によって、食事時間や食事内容も影響されるようになります。さらに、できるだけ栄養バランスのよいものを食べましょうといっても、入手しやすい価格でそのようなものが手に入る状況になければ実際の行動は変わりません。このように、周りとの関係も含めて社会全体が変わっていかなければ、「個人」の食の営みも良くなっていかないという課題を持っています。

■一人ひとりが、食に関する正しい知識を持つことも大切ですね。
 もちろんバランスよく食べるための知識は必要ですが、どのレベルまでの知識が必要なのか、どのレベルまでバランスを気にしなければならないかは、その人の健康状態によって異なります。例えば糖尿病の患者さんであれば、エネルギーや脂質などについてかなり細かなコントロールが必要になります。しかし、健康な人はそこまでコントロールする必要がありません。そこで健康づくりの視点で最低限どのようなことをしてほしいかを示したものが、農林水産省と厚生労働省が平成17年に発表した「食事バランスガイド」です。

■武見先生もその検討会の委員として作成に関わられましたね。
 はい。食事バランスガイドを発表した後、いろいろなご意見があったのですが、その一つが「アバウトすぎる」というものでした。ご飯なら軽く1膳、パンなら1枚を「1つ」と数えるわけです。その場合、最初は、パンは何枚切りかということまで細かく言わなくても、とりあえず1枚食べたら「1つ」でいいじゃないか、という考え方です。ところが、それがアバウトすぎる、いい加減だ、としてかなり批判がありました。
しかし、それくらい大雑把にしないと実践できない人がたくさんいるのです。とにかく「主食」「副菜」「主菜」「牛乳・乳製品」「果物」という5つの分類がわかること、そして、どれくらい食べたらよいか量まで詳しく知ることは難しいだろうから、ある程度感覚的にわかってもらえばよいと考えました。野菜を1日350g摂りましょうといっても、自分が食べている野菜が何グラムかを把握できる人は多くありません。それなら、野菜などの副菜は「小鉢が5皿」ということさえ覚えてもらえば、生活の中で容易に使えるはずです。そして「今日は1皿足りないから帰宅してから食べよう」というような調整ができるように、というのが食事バランスガイド作成の趣旨でした。
また、主食と主菜、副菜といった組み合わせは日本の食事の基本でもありますから、その区分に基づいた「食事バランスガイド」は、日本の食文化を守る意味でも重要だと思います。



「食事バランスガイド」などによる継続的な情報提供が大切

■食事バランスガイドの5つの分類を知るだけでも有用ですね。
 この5つの分類は、各料理区分が主としてどのような栄養素の供給源かに基づいていると同時に、食べ方の違いも考慮しています。幼稚園や小学校でよく使われる「3色分類」は、力や熱になる黄色の「主食」、体の調子を整える緑色の「副菜」、血や肉になる赤色の「主菜」と分けますが、これだと野菜と果物が同じ分類になってしまい、イモも「主食」に入れられてしまいます。しかし食事バランスガイドの5つの分類は“食卓での食べ方”をもとにしているので、おかずとしての野菜と、デザートとしての果物は別の分類になるわけです。3色分類を覚えた子どもでも、「おかずとデザートでは食べ方が違うよね、だからこれは別なんだね」と説明すれば、容易に食事バランスガイドの5つの分類も理解してくれます。
 もう少し成長すると「6つの基礎食品」や「香川式4群点数法」なども教材として使われますが、これらは調理前の食品・食材料での分類です。したがって、3色分類と6つの基礎食品のつながり、あるいは食品と実際に食べるときの料理のつながりなど、教材同士のつながりを理解しないまま、別々のものとして学習してしまうとなかなか定着しません。子どもから大人になるまで通して使えるものとして、食事バランスガイドは有用ではないかと期待しています、実際に現在、社員食堂やスーパーのレシピなどでも使われるようになってきています。このように常にたたみかけるように情報を提供していかないと、意識がある人以外はなかなか知識として蓄積されていかないと思いますね。エネルギー表示はファミレスなどでも定着してきましたから、食事バランスガイドのコマ表示も同じように一般的になってもらいたいと思います。



食育は個人だけの問題ではないから食環境整備が不可欠

■食育に関する一般の方々の意識は高まっているのでしょうか。
 平成21年3月に内閣府が発表した「食育に関する意識調査」の報告では、食育という言葉を知っていた人の割合は74.5%(図2)。食育に関心がある人の割合は、「関心がある」、「どちらかといえば関心がある」併せて72.2%でした(図3)。国は、平成22年度までに関心がある人の割合を90%以上にすると目標を掲げていますが、まだ現状とは差があります。食育に無関心な層にさらにアピールしていかないといけないのでしょうが、料理教室にしても農業体験イベントにしても、ほとんどが食育に興味がある人が参加しているのが現状です。食育に対する無関心は、個人の問題ということもあるでしょうが、今の不況の中で仕事の状況など経済的なことが絡んでいる可能性もあります。食は生活の基本となるものです。国が食育を国民運動として推進していこうとするなら、公共的な支援も含めた対策を検討すべき社会経済状況になってきていると思います。


[図2]食育の周知度
[図2]食育の周知度
[図3]食育への関心度
[図3]食育への関心度

■食育に関心を向けてもらうためには、どのようなことが必要でしょうか。
 食育は全ての世代に共通した問題であり、子どもたちだけに食の重要性を訴えても仕方ありません。食育のテーマは、食事のバランスや健康だけでなく、非常に多様です。安全・安心もあれば、食文化、食料自給率など、いろいろな切り口があります。人の関心も多様ですから、このように切り口がいくつもあることはよいことだと思いますね。何らかの入り口から入って、最終的には個々の食が望ましい方向に向かうのが理想だと思います。
ただし、どのような形での食育でも、食べることは「自分の身をつくる」ことですから、健康や栄養という視点がゼロの食育はあり得ないと思います。 アメリカなどでは肥満問題が非常に深刻で、州によっては、20店舗以上を持つ飲食チェーン店のカロリー表示義務化や、学校内での清涼飲料水の自動販売機撤廃などが強制力を持つ形で行われるようになっています。つまり、法的制御により食べ物の流れや情報の流れをコントロールしようとしているわけで、それくらいしないと人々の行動を変えることができないのがアメリカの現状なのです。日本はまだそこまではいっていませんが、食環境整備は不可欠です。食という問題に対して、「自己管理できない人は努力不足、ダメな人」という話で終わってしまうのはまずいと私は考えています。本人の行動を変えるための保健指導や栄養教育に加え、それを実現しやすい食環境の整備も併せて行っていくことが必要だと思います。



■今後の展望をお聞かせください。
 日本では、まだ「食環境」という側面に深く関わる研究者が少ないのが現状です。私自身はそのような食環境の整備や制度づくりにさらに関与していきたいと考えています。
食育基本法が制定され、メーカーや生産者団体もCSR(企業の社会的責任)として食育を担うことになりました。しかしCSRだけで一切メリットがなければ、やはり企業も疲弊してしまいますから、ビジネスにつながる活動でかまわないと私は思っています。それによって企業に対するイメージがよくなれば、お客様からも支持されるようになるでしょう。ただし、消費者側も、企業から商品や情報が提供されたときに、それを賢く選べるようにならなければいけません。そのための学習もやはり不可欠だと思っています。


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