食生活の見直し

生活習慣病予防における食品機能学

河田 照雄 京都大学大学院農学研究科 食品生物科学専攻
食品分子機能学分野 教授 河田 照雄

多くの生活習慣病の発症基盤と考えられる肥満やメタボリックシンドローム。その対策は予防医学や医療経済の面でも重要な課題になってきています。肥満やメタボリックシンドロームの原因の多くは過食や食生活に乱れにあり、これらを予防するための食品研究は現在大きな進展を見せているようです。肥満と脂肪細胞のメカニズムとの関係に基づき、生活習慣病を予防するための食品機能を研究する京都大学大学院農学研究科の河田照雄先生に、その現状を伺いました。


肥満やメタボリックシンドロームに有効な天然由来化合物の探索


■最近、機能性食品という言葉をよく耳にしますが、これはどのような食品なのでしょうか。
 「医食同源」という言葉があるように、「食」は単なる栄養素の供給源だけでなく、体の働きを整える作用もあります。この生体調整機能を十分に発現できるように設計・加工された食品を「機能性食品」と呼び、特定保健用食品(トクホ)はその代表です。トクホとしてよく知られた成分として“お腹の調子を整える”乳酸菌や、“体脂肪が気になる人に適した”茶カテキンなどがあります。トクホとして認可されるには、動物実験だけでなくヒトを対象とした科学的エビデンスに基づいた有効性の検証が不可欠ですから、開発費も時間も膨大にかかります。つまりハードルが高いわけですが、まだそこまでこぎつけないものの、機能性食品として非常に有望な素材はいくつも見つかってきています。最近開発が進んでいるものとして、植物由来の成分であるファイトケミカル(フィトケミカル)が注目されています。

■メタボリックシンドロームや肥満の予防としては、どのような成分が研究されているのでしょうか。
 肥満症やメタボリックシンドロームに対する有効成分はいくつか見いだされています。その機能を大別すると、(1)糖や脂質の消化管からの吸収を抑制する作用、(2)脂質を肝臓で速やかに分解する作用、(3)熱産生亢進作用、(4)肥満状態の質的改善作用などがあります。
 (1)の代表は茶葉ポリフェノールなどで、(2)としては調理油に使われる花王の「エコナクッキングオイル」のジアシルグリセロールや日清オイリオの「ヘルシーリセッタ」の中鎖脂肪酸などがあります。また(3)は脂肪を燃焼させる成分で、トウガラシの辛味成分であるカプサイシンなどがそうです。(4)は内臓脂肪蓄積抑制作用などを介して肥満状態の改善を図るもので、各種ポリフェノールをはじめ、抗酸化作用を持つ物質が多く見いだされています。
 (1)の脂肪の吸収抑制成分などはかなり多くの商品が発売されていますから、新規成分を探そうとしたら、それ以外の作用に着目することになります。現在私たちは日本人が昔から摂ってきた食品に有効な成分がないかを探索しています。一例として温州ミカンの色素成分で、カロテノイドの一種であるβ‐クリプトキサンチンは、動物実験のレベルでも肥満やメタボリックシンドロームの改善に有効という結果が得られていますし、ヒトの臨床試験でも改善効果が認められています。温州ミカンは私たちにとってなじみ深い食品ですし、体内への吸収も非常に優れています。このように日常的に手軽に摂れる食品であることは非常に大切だと思います。

■β‐クリプトキサンチンは、どのような作用を持つのでしょうか。
 脂肪細胞の肥大化を抑えるというブレーキの作用と、骨格筋での脂肪燃焼を助けるというアクセルの作用、二つの作用があります。現在ヒトの臨床試験を進めているところですが、メタボリックシンドロームの人では結構改善することがわかってきました。
 最近、脂肪細胞の分化や発達に関与する遺伝子の発現調節機構についての解析が急速に進展してきました。その結果、細胞核の中でDNAの転写を調節する「核内受容体」の働きが注目されています。核内受容体は、糖・脂質代謝を直接、間接的に制御しており、伝統的な薬草療法として用いられてきた天然物の中にも核内受容体の活性調節因子が見つかっています()。β‐クリプトキサンチンもそのような成分の一つと言えます。

[表]核内受容体を介する天然物由来のメタボリックシンドローム改善候補化合物

[表]核内受容体を介する天然物由来のメタボリックシンドローム改善候補化合物

脂肪細胞のメカニズムに着目した食品素材の研究

■ところで、脂肪細胞とはどのような細胞なのでしょうか。
 脂肪細胞は、食物を食べた後の余剰エネルギーを中性脂肪という形で貯め込み、必要に応じて分解して脂肪酸とグリセロールという形で全身に供給する細胞で、全身に広く分布しています。脂肪細胞は、以前は乳幼児期や思春期など限られた時期にしか増加せず、その時期に生涯の数(約300億個)が決定すると考えられていました。ところが近年の研究によって、成人になっても過剰エネルギー摂取や運動不足などによって脂肪細胞の数が増加し、肥満者では400〜600億個にも達することがわかってきました。もちろん脂肪細胞は過食などによって肥大化します。しかし1個の脂肪細胞の大きさには限界があり、おおよそ1μg程度の脂肪しか入りませんので、それを超えると脂肪細胞の数が増えていくことになります。
 意外なことに脂肪細胞の寿命は長い間不明でした。ところが昨年、その寿命が約10年とわかり、『Nature』という科学雑誌で報告されました。つまりダイエットをしても脂肪細胞自体が即座に消失するわけではないのです。ただし、細胞に含まれる脂肪は1週間で全て替わるほどのペースで常に入れ替わっています。
 脂肪細胞には白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞があり、両者では働きが全く異なります。脂肪を溜め込むのは白色脂肪細胞の方で、褐色脂肪細胞は逆に脂肪を燃焼させる細胞です。これまで、私たち人類では幼児期にたくさん褐色脂肪細胞を持っていても成人では次第に消失してしまうと考えられてきました。赤ん坊は生まれたときに裸ですから、心臓の周囲などに褐色脂肪細胞が発達し、脂肪を燃焼させて体温低下を防ぎます。ところが成長とともに主に骨格筋が基礎代謝の分をまかなうようになり、褐色脂肪細胞は白色様になって脂肪燃焼の機能が衰えてしまうとされてきたのです。ところが、今年の4月、権威ある医学雑誌『New England Journal of Medicine』に、成人における褐色脂肪細胞の意義が、3つの別々の研究チームによって相次いで報告されました。それによると、痩せていて正常な血糖値を持っている成人ほど、褐色脂肪細胞がより一般的に存在することや、褐色脂肪細胞は寒い時期ほど活性化されるなどが明らかにされました。いわゆる「痩せの大食い」の人は褐色脂肪細胞がよく発達しているために、脂肪が燃焼しやすく蓄積しにくい可能性が高いとも考えられるわけです。今後は、褐色脂肪細胞を活性化させるための研究がさらに盛んになってくると思います。

■褐色脂肪細胞は、成人の場合、体内にどれくらいあると考えられますか。
 褐色脂肪細胞は人の新生児では40〜100グラムくらい存在しますが、成人では減ってしまいます。減り方は人によってかなり幅があるようです。成人の褐色脂肪細胞は、多い人で数十グラムくらいあるようです。しかし発熱能力は普通の骨格筋の70〜100倍あると言われていますので、相当の熱量が出ると考えられます。
 がんなどの診断装置であるPETを使って北海道大学名誉教授の斉藤昌之先生が行った研究では、成人でも胸や首筋などに褐色脂肪細胞の存在が確認されています。PETは、フッ素の放射性同位元素でラベルしたフルオロデオキシグルコースという糖(FDG)を利用して全身組織での糖利用を見る方法で、がんでは非常に活発に糖が取り込まれるために画像として見ることができるわけです。ところが、がんではないのにFDGの集積がよく見られる人が見つかり、それを調べてみたら褐色脂肪細胞だったのです。斉藤先生の研究では、被験者を低温にさらすと褐色脂肪細胞の代謝が活性化していることも認められています()。

[図]寒冷刺激によるヒト褐色脂肪の活性化

[図]寒冷刺激によるヒト褐色脂肪の活性化

■褐色脂肪細胞を活性化させるような食品があると、「痩せの大食い」のような状態をつくりだせますね。
 そうです。私どもが20年ほど前に行った動物実験ではトウガラシの辛味成分、カプサイシンや魚油で褐色脂肪細胞が増えました。また、ネズミの実験では、サッカリンを与えると褐色脂肪細胞が増殖しました。ネズミはサッカリンの味を美味しいと感じるようですが、褐色脂肪細胞の多くは交感神経系によってコントロールされており、美味しいと感じたときに交感神経系が活動して、褐色脂肪細胞が発達すると考えられます。その意味でも、一人淋しく食べる「孤食」のような食生活を送るより、皆で楽しみながら、美味しく食べた方が太りにくいかもしれません。もちろん食べ過ぎない範囲でといいう条件つきですが。



テーラーメード食品やエピジェネティクスなど食品機能学の今後の展望

■その他に現在取り組まれている主な研究をお教えください。
 農林水産省の委託研究として、産学官連携で「トマト機能成分を活用した花粉症・生活習慣病対策食品の開発」を進めており、私は「トマト由来抗肥満・抗生活習慣病成分の解析と作用機序の解明」をテーマに取り組んでいます。平成17年度から5年間にわたる研究で今年度が最終になるわけですが、いくつかの成分が見つかってきています。
 トマト1個には約800もの成分が含まれ、そのうち500くらいが未知の成分であることが私たちの研究グループにより明らかになりました。その中に肥満や生活習慣病に有効な成分が見つかっており、それを遺伝子組み換えとは異なる方法でエンリッチして新しい品種をつくりだしていこうと考えています。トマトは穀類以外では世界中で最も消費されている身近な作物で利便性が高く、市場規模が非常に大きく産業としても有望です。
 もう一つの方向性として、今後は、個人個人に合わせたテーラーメード医療と同じように、食品学もテーラーメード食品が求められるようになってくると思います。特に高齢社会が進むと画一的な食品では対応しきれません。病気予防やQOL(生活の質)の向上につながり、なおかつ美味しい食品をいかに開発するかが大切になってくると思います。

■食品学も、医学と同じようにめまぐるしく進歩していますね。
 その通りです。最近の話題としては「エピジェネティクス」が注目されています。エピジェネティクスとは、「DNAの塩基配列に変化を起こさずに、遺伝子の発現を活性化したり不活性化したりする後生的修飾」という意味です。つまり、遺伝子の情報が写し替えられるとき、環境によってその写し替えられ方が変わってくるということで、それは食事によっても影響されます。例えば何かある食品を食べ続けることで、太りやすくなったり痩せやすくなったりすることが起こりうるわけです。食品学や食品機能学にとって、エピジェネティクスは今後非常に大きな意味を持つことになると思いますが、その本格的な研究は、恐らく私の次の世代に託されることになるでしょう。私自身としてはその足がかりになるような研究を少しでも進めていきたいと考えています。


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