メタボリックシンドロームと
オーダーメード栄養学

奈良 典子 茨城キリスト教大学 食物健康科学科 教授 板倉 弘重

国立健康・栄養研究所臨床栄養部長を経て、茨城キリスト教大学で教鞭を執られる板倉弘重先生は、日本臨床栄養学会理事長や日本動脈硬化学会名誉会員なども務められています。動脈硬化等の生活習慣病やメタボリックシンドロームの研究において第一線で活躍し、また「オーダーメード栄養学」を提唱される板倉先生に、メタボリックシンドロームの予防に、オーダーメード栄養学がどのような意味を持つのかをお聞きしました。


メタボリックシンドロームが増加している要因とは


■最近、メタボリックシンドロームが非常に注目されていますが、食事との関連が大きいのでしょうか。
 メタボリックシンドロームの、一番の根本的原因は内臓の周囲に脂肪がたくさん溜まってくる「内臓脂肪型肥満」です。その原因として食生活が非常に大きいですね。日本人の体重の推移を見ると、戦後、貧しい時代があって、それから徐々に食生活が改善されてくるに従って肥満者も年々増加傾向にあります。その肥満者の中でも内臓脂肪型肥満が非常に増加しているのです。このようなタイプでは、血圧が少し高くなったり、高脂血症が起こりやすかったり、あるいは血糖値が少し上がりやすいといった、合併症が生じやすくなります。また、それら一つひとつの数値が病気として重くなくても、それが重なってくると動脈硬化が起こりやすいということで、心筋梗塞や狭心症など、動脈硬化性疾患の予防のためにメタボリックシンドロームという概念がつくられたわけです。


■日本人の摂取カロリー自体は、あまり増えていないと聞いたことがありますが。
 日本人の平均的なエネルギーの摂取量は増えてはおらず、むしろ減り気味です。ところが肥満者が増えているということは、同じ摂取エネルギーでも、その内訳が違ってきたからです。特徴的なことは、米の食べ方が減ってきているということです。その分、動物性食品、油や脂肪分が多い食品が増えてきています。これが、一つは肥満や高脂血症などにつながっているのです。もう一つの原因は運動不足です。日本人の活動量が減ってきていますし、自動車が普及したため、あまり歩かなくなってきました。このような日頃からの運動量の減少があいまって、身体の中のカロリーが余ってきたと言えます。
 また、日本人の体質も肥満の増加に関係しています。日本人は脂肪が溜まりやすい体質を持っているのです。これは倹約遺伝子と言われますが、比較的少量のエネルギーである程度、身体の維持ができるような、ある意味では非常に恵まれた体質なのです。食事事情が悪いときには強い体質だったのですが、飽食と運動不足によって逆に脂肪が溜まりやすいことになってしまったのです。このような複合的な要因によって内臓脂肪型肥満が増えてきて、もう一方では糖尿病の患者も年々増加しています。



■欧米人より日本人の方が、ちょっとした肥満で糖尿病になりやすいそうですね。
 そうです。欧米人はBMIが30以上くらいにならないと肥満とされないのですが、日本人の場合は25を超えると肥満とされます。しかも日本人の場合、BMIが25までいかなくても糖尿病を発症する人がいます。白人の場合は、BMIが25や30くらいではそれほど糖尿病は起きていないですね。これにも、倹約遺伝子を含めて糖代謝に関する遺伝子が関係しています。脂肪細胞から分泌されるホルモンにアディポネクチンというものがあるのですが、これが減ってくると糖尿病を起こしやすくなり、逆に増えると血糖値が下がってきます。そのアディポネクチンの遺伝子変異によって糖尿病になりやすい人が日本人には多いのです。
 さらに、メタボリックシンドロームを引き起こす要因としては生活様式も関係しています。夜遅くまで起きていて、夜遅くに食事をする。このように生活様式が変化してきたことも肥満の増加につながっています。さらにストレスの関与も挙げられます。職場での合理化や高効率化などによりプレッシャーがかかるとストレスになり、そのような場合にはメタボリックシンドロームになる率が高いというデータもあります。つまりストレスを介しての代謝異常がメタボリックシンドロームの誘因になっていると考えられるのです。
 このようなさまざまな要因が重なって、日本人では40歳以上の男性の2人に1人がメタボリックシンドロームないしはその予備軍と報告されるまでになっています。

「オーダーメード栄養学」が目指すもの

■メタボリックシンドロームや生活習慣病の予防に、先生が提唱されているオーダーメード栄養学はどのように関係しているのでしょうか。
 オーダーメード栄養学は、その人の体質に合った食品をうまく選んでいこうというものです。学校給食などでは同じような食事が並びますが、それを食べて太る人もいれば痩せる人もいる、ちょうどいい人もいます。オーダーメード栄養学は、そのような一律の給食ではなく、その人の体質に合わせて量を変えたり内容を変えたりするというものです。テレビなどであの食品がいい、この食品がいいというと、みんな一斉にそれに飛びつく風潮がありますが、それは必ずしも正しいことではありません。有毒なものが入っていれば別ですが、本来、食品に悪いものなどないのです。体質に合わせてそれをどう食べるか、どう組み合わせるかが大切なのです。
 糖尿病になりやすい遺伝素因、血圧が上がりやすい遺伝素因、あるいはコレステロールが高くなりやすい遺伝素因を持っていても、食事に気をつけることによって病気として発現しないで済む。それがオーダーメード栄養学の目的です。そのためには、脂質や糖質、タンパク質など、どの程度摂ればいいのか、自分の身体に合わせた摂取法を知らなければなりません。

■自分の遺伝素因をしるためには、何に注意すればいいのでしょうか。
 親兄弟や血縁関係の人を見れば、全てが同じとは限りませんがだいたい同じような体質であると考えていいでしょうね。それらの人を見て、一番健康障害になりそうな素因に注意し、健康診断などでそのような項目に気をつけることです。

■健康食品などを選ぶ場合、どのようなことがポイントになりますか。
 例えば糖尿病になりやすい人であれば、特に糖代謝を改善するような機能性の成分を含んだ食品を摂るのが好ましいのですが、それを選ぶための知識が求められます。健康食品と言っても玉石混淆で、その選択は非常に困難です。はっきりした根拠もなく売られているものも多いですね。ある程度機能性が証明されているものというと、特定保健用食品や栄養機能補助食品などがありますから、それらを選ぶのも一つの方法です。

■健康食品などのメーカー側としては、何が大切になるでしょうか。
 一つは安全性です。自然の食品であれば栄養的に悪いものなどないのですが、保存料やカビ、あるいはO-157など、安全性がいかに確保されているかが大きな要素です。もう一つは、機能性を訴求する食品の場合、ヒトでの使用経験を十分に積み、それを資料として公表できるような形にしていかないといけないでしょう。私も臨床の場で患者さんから「このようなサプリメントを人から進められたのですが、飲んでいいでしょうか」と聞かれたことがあるのですが、その販売業者に聞いても内容を教えてもらえなかったという経験があります。このようなものは当然、患者さんに勧めることはできませんね。
 機能性の証明と言っても、人種間による違いもありますから、日本人が食べるものは日本人を対象にヒト試験を行ってもらいたいですね。例えば脂によく吸収される成分は、高脂肪食が多い欧米人にはよく吸収されるのですが、日本人のように脂をあまり摂らない場合は吸収されにくいということもあります。あるいは遺伝体質の違いによって、効果の発現の仕方も変わってくることもあります。

 

栄養相談ができる開業医や産業医の普及を目指す

■オーダーメード栄養学の今後の展望についてお教えください。
 特にこれから予防医学が大切になってくると、産業医や開業医が栄養の知識を持っていないと、一般の人も栄養相談ができません。食事が大切だ、栄養を知らなければいけないといっても、ではどうすればいいのか、その仕組みが整備されていません。そこで、今、医学部でも栄養学を教えてもらうように運動を進めて行こうと考えています。医師に栄養について知ってもらい、治療の一部に食事療法や栄養指導を加えられるように持っていくことが目標です。また、「栄養医」と称する制度を12月からスタートしました。開業医や産業医と栄養の勉強をするセミナーを開く機会を設け、しっかり勉強した医師には証明書などを渡し、一般の人が、栄養についてよく勉強している医師を選べるような制度づくりを進めていこうと考えています。
 同時に、栄養と、身体の中の遺伝因子、そして食品との相互関係といった研究も推進していなかいといけないでしょうね。それによってオーダーメード栄養学も発展していくと思います。

 

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