栄養・健康表示の社会的ニーズと今後のあり方

奈良 典子 大妻女子大学
家政学部食物学科 教授 池上 幸江

現在、日本では「食育」に対する取り組みが進んでいます。諸外国では栄養・健康表示を食育の重要なツールとして位置づけているようですが、日本ではこの表示が食育の観点から検討された例はあまりないそうです。そこで、大妻女子大学教授の池上幸江先生を代表研究者とするチームは、昨年、日本の栄養・健康表示の現状に対する消費者の認識や要望を明らかにするために、約2000名を対象としたアンケート調査を実施しました。その調査の概要と、日本における栄養・健康表示の今後の課題を池上先生にお聞きしました。

日本の栄養・健康表示は本当に消費者に役立っているか


■まず、栄養・健康表示に関する研究を行われた経緯をお聞かせください。
 1996年に厚生労働省は「栄養表示基準制度」を設けたのですが、これでは一般の人たちにはわかりにくいのではないかという印象があり、私たちは日本栄養・食糧学会の委員会活動として、2001年に栄養表示を中心としたアンケート調査を行い、論文を発表しました。しかし当時は財政的な支援もほとんどなく、十分な研究が行えたとは言えませんでした。そこで、もう少し幅を広げて問題をきちんと整理しようということで、社団法人農山漁村文化協会(農文協)の2004年度食育推進手法の実証的研究助成を受け、メンバーも一新して今回の研究を行いました。

■日本の栄養表示が消費者に本当に役立つものであるかどうかを調べようということですか。
 そうです。外国にもこのような表示の制度はあり、主に先進国を中心に制度整備が進んでいますが、外国の表示制度と日本のそれを比べると微妙に違いがあります。特にアメリカなどは非常にきめの細かい表示制度を整備していますので、そのような制度と比較すると日本の表示は消費者に本当に親切なものだろうかという問題意識を私たちも持っていました。また、現在、食育の必要性が言われていますが、栄養表示は広い意味で一般消費者の食育に利用できるものですし、わかりやすい表示をすれば食生活改善にうまく使えるツールであることは間違いありません。そのような点でも、日本での栄養表示を見直した方が良いのではないかという意識があり、調査を行いました。

栄養・健康表示の社会的ニーズの解明と
食育実践への活用に関する研究
研究代表者: 池上幸江(大妻女子大学教授
協働研究者: 倉沢澄子(東京家政学院大学教授)
  清水敏雄(フレスコジャパン代表)
  山田和彦(国立健康・栄養研究所研究部長)
  由田克士(国立健康・栄養研究所研究室長)
  和田政裕(城西大学教授)
研究協力者: 池本真二(御茶の水女子大学助教授)
  藤澤由美子(和洋女子大学助教授)

■調査内容についてお教えください。
  アンケートは共同研究者や研究協力者の職場、関係団体などに依頼したため、調査対象者は学生とその家族が多くなりました。他にも栄養士や大学職員、研究者、政府機関の行政官などにもお願いしました。調査用紙は3000枚ほど配布し、回収したものは2028でした。
  調査内容ですが、大きくわけると3点あります。まず栄養表示に関して対象者がどのような意見を持っているかが第1点。次に、特定保健用食品に対して一般の方々がどのように受け止めておられるかが第2点。さらに、あまり立ち入った調査はできませんでしたが、健康食品に対してどの程度利用されており、その効果をどう考えているかが第3点です。またアンケート調査とは別に、食品の健康表示に対する国際的な動向を調べ、食育のツールとしての健康表示のあり方を検討しました。

消費者が活用しやすい栄養表示とは

■栄養表示については、どのようなことを調査されたのでしょうか。
 例1から例3の3パターンを示し、どの表示が望ましいと思われるかを調べました(表1)。例1は現在の国の表示義務に従ったもので、例2は、1日あたりの摂取基準を示し、それに対して何パーセントくらい摂れるかがわかるようにしたものです。例3の上の部分は義務になっている表示項目で、下の部分にそれ以外の微量の栄養素など、メーカー側が消費者に示したいものをグラフで表示しています。
この3つのパターンについて「わかりやすい表示はどれですか」と質問したところ、例2や例3が見やすくわかりやすいという回答が多く見られました(グラフ1)。とりわけ専門の研究者や栄養士の方々は例3が望ましいと答えています。例2や例3をミックスしたような表示が行われると一般の方々にはわかりやすく活用しやすい表示になるのではないかと思います。

特定保健用食品に対する認知度

■特定保健用食品に関する調査の概要をお教えください。
 特定保健用食品がどの程度認知され、どのような表示に対して一般消費者の方々が関心を持っているかを調べました。特定保健用食品制度は1991年に発足したわけですが、調査の結果、平均すると6〜7割の人がこのような制度があることを知っていました。今回の調査では対象者に栄養士や研究者などがいるために高い数値になっていると思われますが、それにしてもかなり認知度が上がっていることがわかります。
 用途への関心についてのアンケートでは、「体脂肪が付きにくい」が非常に関心が高く、広告や今の社会的な趨勢を反映しているように見受けられました(グラフ2)。一方、成分の認知と関心について見ると、身体に脂肪が付きにくい成分である「ジアシルグリセロール」はほとんどご存じありません(グラフ3)。つまり成分と効果の間に認知のギャップがあることがわかります。消費者の方々の細かな部分に関する知識はまだまだですので、メーカー側がさらに正確な情報を提供していく必要性を感じます。

■乳酸菌に対する認知度も高いようですね。
 そうですね。用途についても「お腹の調子を整える」「腸内環境を整える」「便通改善」などに対する関心も高い結果となっています。現在、乳酸菌関連の商品が特定保健用食品では最も売れているようですし、商品数も多いこともあって、皆さんの認知度、関心が高いのではないかと思います。

■健康食品についてのアンケート結果はいかがでしたか。

 健康食品の利用頻度は、過去も含めて利用したことがあるという人が半数以上でした。ただし、その効果をどの程度期待しているかという質問では、薬として認識している人は少なく、むしろ今回の対象者の方々は「健康の維持」に利用したり「気やすめ程度」と考えておられる方が多い結果となりました(グラフ4)。また、健康食品の情報源としては、テレビ番組やCMが非常に多いことがわかりました。特定保健用食品もそうですが、マスコミの情報が消費者の商品選択に大きく影響を及ぼしていることがうかがわれます。
食育のツールとしての栄養・健康表示のあり方とは

■今回の研究では、食品の健康表示に関する海外の動向も調査されたようですね。
 そうです。食品の機能に関する表示は、FAO/WHO食品規格委員会、通称CODEXと称される委員会での考え方が国際的に合意されており、「栄養表示」と「健康強調表示」という大きな2つのカテゴリーに分けられます(図1)。日本の制度もCODEXのこれまでの議論を背景として制定されていますが、表示内容は細部を見ると必ずしもCODEXの議論そのままではなく、また国民にとってより適切な表示内容とするためにはまだ多くの課題があると思われます。
  アメリカの表示制度を見ると、栄養表示については非常によくできています。先ほどお話しした例2や例3のような形をとっており、実生活に適用しやすく工夫されています。またアメリカの場合は日本と異なり一部の食品を除いて義務表示になっている点も大きな意味があります。
  アメリカの健康強調表示では、15項目にわたる食品や食品成分による疾病リスク低減表示を認めていることも特徴です。これは日本の特定保健用食品のような審査は不要で、国が決めた規格に合っていればどのような食品でも表示することができます。また、アメリカでは、科学的な根拠があればFDA(アメリカ食品医薬品局)への通告だけで、食品成分の人体の構造と機能に関する効果を表示できるようになっています。ただし、これについては一部の食品で健康被害が起きたりしており、制度改善に向けた動きもあります。
  一方、ヨーロッパでは一部の国が制度を持っていますが、その内容は国ごとに異なります。2003年にEU全体として「栄養と健康表示に関する規則案」が出されていますが、まだ実際の施行にまで至っていません。

■今後、日本ではどのような表示制度が望まれるでしょうか。
 栄養成分表示は非常に浸透してきていますが、さらにわかりやすくし、対象食品を広げることが求められると思います。また、日本の場合は昨年、疾病リスク低減表示が特定保健用食品において認められるようになりましたが、現在、「若い女性のカルシウム摂取と将来の骨粗鬆症になるリスクの関係」と「女性の葉酸摂取と神経閉鎖障害を持つ子どもが生まれるリスクの関係」の2つのみが特定保健用食品として許可される可能性が示されています。アメリカのように適応範囲を広げ、肥満やがん、心臓病の予防などにつながる食品を一般消費者が選択できるようになれば、まさに国民のためになる表示、食育に活かせる表示になるのではないかと思います。

(図1)食品の機能に関する表示
(FAO/WHO食品規格委員会の考え方)
栄養表示
(Nutrition Claims)
栄養素含有表示
比較強調表示
   
健康強調表示
(Health Claims)
栄養機能表示
高度機能表示
(その他の健康強調表示)
疾病リスク低減表示
(一般健康強調表示)
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